ロロノア家の人々〜外伝 
“月と太陽”

    “遥かからの潮騒”


 
 人々が犠牲を積み上げながらも挑戦をやめなかったのは、果たして純粋な好奇心からか、それとも誰かさんが遺したという“秘宝”目当ての欲からか。随分と永い間“魔海”と呼ばれ続けたほどに、それは危険で謎だらけだった海域だったものが、そんな多くの無謀からメスが入りの切り開かれのして、一頃よりは風通しもよくなっている“グランドライン”だというけれど。どんなに色々なところが解明されようと、モーガニアと呼ばれる極悪非道な海賊たちが海軍やピースメインによって片っ端から退治されようと、その異様な特性から苛酷な航海を強いられるという点が変わる訳ではなくて。唐突な天候の変化により発生した台風や嵐との突発的な遭遇は、ここでは珍しいことではない。気候があまりにランダムだからか海水温が定まらぬのか、それとも海流が不安定だから気候が落ち着かないのか。
“そんなことが明らかになったところで、じゃあこうしようと何かとの すげ替えようはないんだしね。”
 ほんの数時間ほど前までは、それはそれは温暖な気候の下、穏やかな海流に船を乗っけてののんびりとした航行を続けていた“誇り高き海の勇者・ウソップの知恵袋号(新しい船名募集中・笑)”だったのに。鮮やかな夕焼けを飲み込んで、一天にわかにかき曇り。見る見る内にもその向かう先を鈍色の雲が覆い始めた。
『ハリケーンが来るっ!』
『避けられないのっ?!』
『お互いの速度と進行方向からして無理だ。無理な方向転換で舵に負荷をかけるより、ぎりぎりの縁で通過を耐えた方が、船への負担は小さい。』
 海軍所有の戦艦ででもあれば納得のお言いようだけれど。残念ながら彼らの愛船は船種で言えば“キャラベル”と呼ばれる小さな小さなお船。湾内クルーズや近海への船遊び、どう踏ん張っても隣島へのお使いくらいにしか向いてない、それはそれは可愛らしいお船だったから、それで耐えようしのごうだのとは一体どこのどいつの寝言かと、専門家ならば誰だって一笑に付したところだったが…このお船に限っては、そんな見かけに誑(たぶらか)されてはいけない。あれほどの膂力と跳躍力を発揮出来る 某きゅうてぃはにーも、一般男性がひょいと抱えられる重さなのだ。(こらこら、どういう例えだい・苦笑)
『舵はフレイア、補助帆の操作はベル、任したぞっ!』
 二人分の“オーライっ!”を背中に受けつつ、頼もしい黒髪の航海士くんがキャビンから出てゆくと。大きな波のうねりにもてあそばれての、m単位で上下へ撹拌されつつある甲板から行く先へと視線を向けて、手首のログポースと…行く手に立ちはだかるちょっとした山のような標高の、ハリケーンの大きな雲柱とを見比べる。風の流れ、空の色。海流の調子、叩きつける肌へと食い込んでの、そのまま撃ち抜かんというほどもの強さを帯びて来た雨脚。そんなこんなをじぃっと見据えて、その胸中にはどういった計算式が立っているものなやら。

 『船長っ! 帆をたためっ!』
 『おうっ!』

 作ったのがあの麦ワラ海賊団が誇る狙撃手にして発明家の誰かさんで、そんな彼に様々に専門的な知識をくれたのが、船大工の島から途中参加した、伝説の工房の生き残りという凄腕の船職人で。誰にも成し得なかった、グランドライン込みの世界地図を書き上げた、これまた練達の航海士さんのアドバイスもふんだんに盛り込んであるお陰様で、なんとたった二人でもこれほどの規模の嵐を乗り切れる操船が可能という、色々な工夫がいっぱいの船ではあるけれど。それでもやはり、一番即効性があって的確なのは直に下される処置であり。この大風と大波の中、主帆柱の頂上の帆桁という危険なところを持ち場としていた緑頭の少年船長が、航海士さんの一声へ素早く反応して、左右の端からそれぞれに、桁に添わされたロープを二本、ぐいぐいと思い切り引いてゆく。これほどの風と雨の抵抗を乗せた帆を巻き上げるとなると、屈強な船乗りの1ダースも必要になるところだのに、それこそ工夫がなされているものか、さしてむくつけき巨漢という訳でもない少年が、
『こなくそ〜〜〜〜っ!』
 暗雲垂れ込める空を背景に、歯を食いしばっての両足を踏ん張って、そいやそいやと引いて引いてを繰り返せば。結構な大きさ広さがあった主帆が、それはなめらかに収納されてゆく物凄さよ。確かに彼の背後には、巻き上げ機を思わせるようなドラム型の装置がありはしたが、巻き上げられたロープが戻って行かない“歯車”の工夫こそあれ、動力装置では無さそうだったから、
“大した坊やだ、ホントにまあ。”
 この船も凄いが、彼らの能力や体力も桁が違うよなと、唯一の二十代、フレイアが呆れ半分に苦笑をし、
『フレイアっ、取り舵いっぱいっ!』
『おうさ、取り舵いっぱいっ!』
 甲板からの指示に応じて舵を取れば、船が大きな海流へ船足を乗っけたのが…どんとその総身に響いての感じられたが、
『衣音っ! 大丈夫なんでしょうねっ!』
 こんな中途半端なところで遭難沈没なんてしたら、あたし絶対に許さないっ!と、補助帆の操作に就いていた紅一点のお嬢さんが風にも折れない大声を張る。こんな大海原のど真ん中で沈没しちゃったら許すも許さないもないと思うんだがと、男性陣全員の頭の中、同じフレーズが疾風のように横切ったものの、
『任せな、ベルっ。これを乗り切ってのお夜食のことでも考えてりゃあいい。』
『判ーかったっ!』
 それへこういう会話が続くところがまたまた頼もしい。そんなこんなのやり取りを交わしつつという“すったもんだ”が どのくらい続いたものか。小さな島ならその表面をきれいに均されたろうほどもの巨大なハリケーンの暴風圏内から、すぽーんっと勢いよく飛び出た小さなキャラベルは。打って変わっての台風一過、満点の星々が見下ろす中、半ば放心状態のクルーたちを宥めつつ、それはそれは穏やかな凪の海を慣性だけでとろとろと進んでいたのだが。

 「…? どうした船長?」

 途中からは伝声管も駆使しての指示を出しの、自分も横殴りの雨の中を駆け回りのした航海士さんが。日頃はきれいな黒髪をさすがに少々振り乱したまんまで、キャビンへと戻りかかってたその途中。主帆柱の真下に立っていた、長身のお兄さんのいたわるような声に気がついた。疲労から少々反応が鈍くなってるその身へ鞭打ち、首を巡らせるようにしてそちらへ向けると、
「…。」
 やはりくったりと疲れてでもいるものか、目元もとろりと眠そうに萎えさせた緑髪の船長さんが、頼もしい柱へ背中を預けてぼんやりと立っているのを、背の高いフレイアがちょこっと身を屈めるようにして、覗き込みながら声をかけていたところ。
「疲れてんのなら、船室まで運ぶが?」
 書架を据えたリビングを、ベルの寝室に当てている関係で、男性陣の居室、寝部屋は相変わらずに船倉の一室。男衆が、それも結構体躯のいいお人が一人増えたので、窮屈になったかと思いきや。誰か一人は舵の番として起きている必要があるのでと、二人以上が居合わせる試しはないお部屋なのに変わりはなかったし。そのフレイアさんは、それまでコックも兼任だった衣音くんからその任を譲り受けた関係で、キッチンのベンチで寝ていたりもするものだから、下のお部屋は坊主たちの部屋という感覚のまんま。そこに据えられたベッドまで、抱えてってやろうかとのお誘いに、
「〜〜〜。」
 おやおや、日頃は衒いなくも便乗する子が、今日はどういう訳だろか、ん〜んとかぶりを振って見せる。意志の強さをそのまま乗せて目尻の上がった“龍眼”や、太々しい冷たい笑い方が映える口許などなど、先々ではさぞかし鋭角的な風貌の、野性味あふれる精悍な男性になるのだろうことを匂わせるお顔が今は、
「ただの駄々っ子ですね、そりゃ。」
 立ったまま此処で寝るのだという駄々を捏ねて、他は聞かないというよなお顔をしており、
「俺が階下まで引っ張ってきますから。」
「そうかい?」
 にっこり微笑って言う衣音へ、フレイアがおやおやと苦笑混じりに目許を細めたのは、
「手慣れてるね。」
 同じ年だと聞いていたのに、いつだってこういう…衣音の方が宥めたり引き取ったりするパターンとなってばかりの彼らであり。短い一言に何が含まれているのかを、きっちり読み取ったその上で、
「その代わり、戦闘では獅子奮迅、先頭に立って働いてもらってますから。」
 手がかかるように見えてもその実は相身互いだと。体力が要ることは全部を任せていると、さりげなくフォローをしながら笑って見せる航海士くん。
「じゃあ、俺はキッチンに居るから。」
 こちらの会話の流れに気づいたか、柱から身を浮かせた船長さんの身を、さして身長差もないお友達の肩へと預けると、淡灰色の柔らかそうな髪を帽子で押さえつつ、肩越しの背後を立てた親指で示して見せた年長さん。
「晩ごはんもかねての、そりゃあ美味しいお夜食を作るから。落ち着いたら揃っておいでよね。」
「はい♪」
 夜食の一言が聞いたのか、それへは現金にもこっくり頷くという反応を示した暴れん坊船長へ、二人揃って吹き出しかかりつつも目顔で“それじゃあ”との会釈を交わし、
「ほら、せめて歩けって。」
 肩を貸しつつ、船倉へと降りてゆく衣音に助けられ、並んで通路へ向かう二人の坊やを見送って、
“仲の良いこったねぇvv”
 此処が荒くれの犇(ひし)めく“グランドライン”という魔の航路の上とは思えないくらい、どこかほのぼのして見える光景へ、くすすと微笑ったフレイアであり。とはいえ、

 “あの尋常じゃあない体力を発揮した後、一気にああまで疲れるってことは。”

 実を言やあ“無理”をしているのだということと…それから。悪魔の実の能力者でもないのに、そんなとんでもない“無理”が可能な身だということを、そういうことと流すことなく、意識にくっきり留め置いた彼でもあった。





 ハシゴで降りるというのは難儀だったのでと、収納式の階段を引き下ろし。それを踏みしめて船倉への通路に降り立てば、
「ん〜。」
「こらこら。」
 眠くて眠くてしょうがないものか、時折すっかりと萎えての力が抜けて、その身が重くなる相棒であり。不思議なもので、一番最初の頃のたった二人での航海中は、全くの全然、こんな態は見せなかった彼だったものが。ベルが加わった当たりから、彼女の目を盗むようにして…衣音へ甘えるような、こんな態度を平気で晒すようにもなった。衣音がフレイアあたりの年頃であったなら、潜在的な独占欲の現れと、的確な判断も出来たところだろうけれど。
“妙なところで見えっ張りなんだからな。”
 そもそもからして、頼っての他人の肩を借りるなんて“やなこった”と嫌がることの多かった意地っ張り。ベルが加わったのでますますのこと、頼る姿を晒すなんてみっともないと思うところに拍車もかかった彼なのだろけど。妙なことには…それと同時に“ベルの目さえ届かなければ”という、成功か失敗かの2つに1つという判りやすい条件が生じもし。それさえクリアすれば頼ってもいいという、見つからないことが主目的のスリリングなゲーム感覚でやってることなんだよという、
“自分への言い訳が出来たと思ってのことなんだろな。”
 おやおや。衣音くんもまた、当たらずしも遠からじな見解に辿り着いているあたり、甘えたであることは先刻承知の覚悟ありという気構えのほどが伺えもして。
「ほれ、到着。」
 重たいお荷物抱えてという、それは不自由な身ながらも、何とか寝部屋へ到着した航海士さん。扉を開いてのあとちょっと、ベッドへまで到達せんとしたのだが、
「わっ!」
 こちらの肩にお顔を埋めていたお荷物さんが、不意にぎゅむとしがみつく腕へ力を込めたため、押される格好になってバランスを崩し、結果、二人揃ってのダイビングを敢行させられた。
「こーらー。」
 あ〜あ、せめて着替えてから飛び込めよなと。巻き添え食わされたことよりも、ベッドの上におざなりながらも掛けてあったカバーが濡れたことへの不平を鳴らす、そんな衣音の言いようへ、
「〜〜〜。」
 すぐの真隣りにて、船長さんの肩が震えたのを見とがめて、
「何が可笑しいんだよ。」
 口許を尖らせての声をかければ、くぐもった声が返って来ての言うことにゃ。

  「ツタさんレベルのお小言だと思って。」

 すなわち、お母さんみたいな物言いだと言いたいらしい。まま確かに、今の“おいた”へ痛いとかビックリしただろという方向での非難の言葉が出ないなんてのは、年齢不相応の反応でもあって。
「〜〜〜〜〜。」
「痛い痛い痛い痛いっ。」
 無言のまんまで“むぎゅう〜〜〜っ”とばかり。濡れた手で相手の髪を鷲掴みにしたのは、腹立ち紛れに思いついたままなそれにしては、なかなか即妙で威力もあった仕返しだったりし。
「判った判った、謝る、ゴメンて。」
「暴れんな。ますます濡れる。」
 ギブアップの意をのせて、じたばたと布団を叩く手へこそ眉を寄せ、それこそ母親のような注意を授けて…あっと口を丸く開けたところが、こちらの彼の“可愛げ”というところかとvv

 「…バテたのか?」

 ごちゃごちゃと ふざけるのはそこまでにして。ベッドの上、肩同士は重なったままに、よっこらせと何とか身を反転させると、そのままこちらの懐ろへとなだれ込んで来ての、だけれど お顔を伏せたままな相手へと向かい合う。まだまだ完成し切ってはいない体躯なのはお互い様。それであれほどのハリケーンを相手にしたのだ、衣音の方とて疲れてはいる。だが、この船長さんは…フレイアがこっそりのちょっぴり不審に思ってしまったそれ以上に、実をいやもっと馬力が続く身であり。それを知っていればこそ、逆の意味からの不審を覚えてもいた衣音だったりしたのだが、
「〜〜〜。」
 ほんのかすかながら、かぶりを振ったような所作をするので、それがメインでめげている彼ではないらしい。ヘッドボードについているスイッチの一つへ手を延べて、天井から下がっていたランプに小さく火を灯す。これもまた、この船をくれたお人の工夫の一つであり、寝るだけの部屋には必要ないないなんて高をくくってもいたけれど、
「…。」
 ほわり、視野の中に浮かんだ淡い緑の髪を乗っけた頭の輪郭。小さな子供がむずがってでもいるかのように、こちらの懐ろから上がろうとしないお顔のその縁の、陽に灼けた頬などを見下ろしながら、そおと手を延べての撫でてやれば、


  「…途中でサ、聞こえたんだ。」


 ぽつりと。小さなお声が呟いた。
「…聞こえた?」
「…。」
 うんと頷き、でも、顔は上げない。不貞々々しいというよりは、やはり…幼い子供のような態度でもあって。そして、
「それって…。」
 衣音が言い淀んだのは、あまりに唐突が過ぎて見当がつかないということからではなくて。

 「アケボノの村にあった、竹林でも聞こえた“アレ”か?」

 衣音は髪や頬を撫でる手を止めることなく、そんな“心当たり”を囁き返したのであった。





  ◇  ◇  ◇



 もしも。船長さんのご両親が此処でのっぴきならないクラスでの名を馳せたのだという、下敷きというか前振りがなかったならば。こうまで危険でこうまでメジャーな、グランドラインなんてな破天荒な航路へと挑むことなんて、思いもつかなかっただろうほどに。それはそれは静かで穏やかな片田舎で育った船長さんと航海士さんであり。春には目を奪われての眩むほどの見事な桜に、夏には色濃くも滴る緑に包まれる山野辺の小さな寒村。秋の山々を飾る錦も目には鮮やか、それら全てを飲み込んで、音さえ消し去る雪に埋もれる厳冬でさえ、囲炉裏端に集まっての暖かな団欒から笑い声の絶えない。素朴ではあるが、それだからこそという得難い幸せにほっこりと暖かい、そんな土地にて育った彼らは、周囲に広がる自然の色々を遊び場や遊び相手にしていたが。

 「…?」
 「? どした?」

 彼らのお家の裏手に広がる、そりゃあ大きな竹林で。迷子にならぬよう、はたまた、ここから先には最近切った株が固まっていますよという危険を示す目印の、緑の空間には眸にも鮮やかな純白の綱が張られているよりこっち。若い竹をわさわさ揺すって、高みの梢にたまった露を降らせたり、結構密度のある木々の間に身を隠しての隠れんぼをしたり。広場まで出て行かずともと、仲のいい二人とそれから、船長さんの妹のみおちゃんと。朝から晩までの1日中、おやつと昼餉以外はずっと、そこが“子供部屋”ででもあるかのような居ずっぱりにて、遊びほうけた彼らでもあって。成長の早い竹は、刈られても気がつけば…いつの間にやらその梢を子供らの頭上まで延ばしてのわさわさと、かすかな風にもなびいての、涼しげな音を立てていて。端から端へと順々に、風を伝えての波打って。まるで何かしら囁くように聞こえる木葉擦れの音、すっかりと子守歌代わりになってもいた彼らだった筈なのだが。ほんの時々、大人たちには判らぬ響きが聞こえることがあるものか。夢中で遊んでいたその手を止めまでして、何にか耳を傾ける和子たちだったりし、
「何か聞こえたか?」
 あたりを覆うは、竹の葉の緑の草いきれとそれから。しなやかな梢を伝わっての次から次へ、沸き起こっては連なっての止めどなく。輪唱(カノン)のように聞こえ続ける、木葉擦れの囁きばかり。いつもと変わりはないはずなのに、
「…兄ちゃ。」
 衣音の小さな妹と遊んでいた みおまでが、つややかな髪 揺らしての、どこか不安げに表情を曇らせて駆け寄って来たその上で、小さな兄へとしがみつくのが尋常ではなくて。そんな二人が見上げたのは何にもない中空。風が渡るのが見えるのか、それとも、木葉擦れの音が彼らには別物に聞こえるものか。そんな二人の様子にこそ不安そうになってのむずがりだした妹を抱えてやって、
「おい。」
 説明してくれなきゃ判らない。そうという声を出したところが、
「…何でもない。」
 一緒にいて聞こえないなら言っても判らないと思ったか、ゆるゆるとかぶりを振ると、風の声、風籟が静まるのに合わせ、元のお元気な彼と妹御に戻ってくれて。何事もなかったかのように、歓声上げての鬼ごっこの再開と相成ったりもしたものだったが…。






  ◇  ◇  ◇



 「何かが、竹の葉の音に隠れてこっそりと呼んでるみたいな。
  声みたいな音みたいな何かが聞こえたんだって、
  ようやっと話してくれたのは、随分と後になってからだったよな。」
 「………。」

 衣音を信用しなかったのではなくて、何を馬鹿なことをと取り合ってもらえないのじゃあないかと思い。その方が何となく嫌だったのでと、みおちゃんと言い合わせての黙っていたのだと。正直に話してくれたのは、衣音が大町の中学へ進学してった後のこと。夏休みに帰省した彼を相手に、久々に足を運んだ竹林の中で、思い出したように語ってくれた彼だったのだけれども。

 「それと同じ声だったのか?」
 「…。」

 乗っかったままの温みが微かに身じろぎをし、そんな小さな動きであったことが、認めたくはないが“是”だということを忍ばせる。皆が一丸となっての立ち向かっていた大きなハリケーンの暴風の唸りの陰に潜んで、まといつくように聞こえて来た…覚えのある奇妙な声。覚えがあると言ったって、正体まで判っている訳ではなくて。

 「…何でこんなところで聞こえて来たんだろ。」

 くぐもったような声なのは、誰よりも本人が合点がいかないままでいるから。
「村へ帰れということか、それとも。」
 ちょっぴりお顔が上がっての、それから。その視線が衣音の方へと向けられて、
「俺と みおは、このグランドラインにある“子授け島”ってところで授かった子供だって話だったから。」
「…うん。」
「だから。村にいた時は、海からの何かに呼ばれたかと思ってた。」
 やはり海から来て守護神となったという伝説を持つ、龍神を祀っているような村だから。そういうこともあるのかなと、そうと思っての誰にも言えないままでいた。その声が、ついさっき、それは久々に聞こえたものだから。
「びっくりした勢いでよくもまあ海へ落ちなかったなぁと。」
「こらこら。」
 少しは落ち着いて来たものか、口調がいつものそれへと戻っている。懐ろの温みは小さな吐息を一つつき、まだまだ悪戯っ子の面影の方が強いやんちゃなお顔を苦笑に染めての、照れ隠しなのかグリグリとおでこをこっちの胸板へ擦り付けてくると、

  「このままなだれ込みたいが、それにはちょいと腹が減った。」
  「なだれ込…? ………っ!/////////」

 随分と憔悴しているようだからと、それを宥めてやってこそいたが。ぽつりと呟いた彼の言いようの、不埒な意味合いに気づいたその途端、真っ赤になっての総身が跳ねた衣音へ、
「耳の感度までいいのな、相変わらずvv」
「ば…っ!!」
 直前までの神妙さはどこへやら。くつくつと笑いもってのそんな言い方をする小癪な船長。悪戯っぽいお顔は、知る者が見れば…十何年か前の麦ワラ帽子がそりゃあ似合った海賊王のそれと重なって見えたに違いなく。
「“手つけ”だけ、先に渡しとこうか?」
「こんの…っ!」
 そのまま乗り上げて来ての、こっちの肩を押さえつける船長さんだったりするのへムッとして。横になってたのがベッドだったのでと、頭の上へと手を延べた航海士さん。枕を掴んでの迫って来た厚顔へ叩きつければ、

 【 ピンポ〜ン♪ お夜食が出来ましたよ〜♪
   かりかりガーリックトーストのポーチドエッグ添えと、
   アイナメのポアレ・エスニックスパイシー。
   ぷりぷりエビのクリームソース煮に、
   しゃきしゃき千切りレタスのフレンチサラダ。
   デザートはあんこも甘い、揚げゴマ団子だよん♪】

 伝声管を通しての弾むお声が聞こえて来、それへと続いて、

 【 揚げ団子は1ダースもないわよ。
   早く来ないとあたしが全部食べちゃうんだから。】
 【 …ベルちゃん、太るよ?】

 そんなお気楽な会話が聞こえたものだから。
「それ急げっ!」
 跳ね起きたそのまま、部屋から飛び出していった船長さんにはもはや憂鬱の影はなく。

 「………まあ、いいんだけどもね。」

 いろんな意味で、と。呆気に取られたそのまま、ぽつりと呟いた衣音くんだったのだけれども。静かになった船倉には、潮騒の音がさわさわと響いて来るだけ。何の気病みもない者へは“ゆっくりお休み”という囁きにしか聞こえない、静かで優しい子守歌が、遠く近く、連綿と響いているばかり…。




  〜Fine〜  07.8.24.〜8.25.

  *カウンター256,000hit リクエスト
     ひゃっくり様 『ロロノア家の夏のお話』


  *………なんか微妙に外してませんかね、自分。(びくびく)
   夏といえばで色々と思い浮かぶ中、
   結構 縁のあった竹林の涼しさを思い出しまして。
   それでと、なかなか進退のない“新海賊王”の坊やのお話、
   久々に手をつけてみたのですが、
   やっぱ『ロロノア家の人々』のお話とは言えませんかね 

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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